2024年07月16日( 火 )

【神風、円安1】日本ハイテク産業集積復活への道筋(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は2022年5月2日の「日本産業復活の神風、円安がやってきた!!(1)不可逆的130円/ドル、ハイテク産業集積復活の道筋」を紹介。

 円が1ドル131円までの急落となり、武者リサーチが過去10年にわたって主張し続けてきた長期円安の時代の到来が明らかになった。円安の底流には、(1)高金利に堪え得る米国経済の突出した強さ、(2)米中対立・中国排除のサプライチェーン構築・そのキープレイヤーとしての日本の産業競争力復活が必須となり、その推進力になる円安が米国国益に直結した、という2大要素がある。これらの洞察なしに、短期・表面的に、円安が良いか悪いかの議論をしても意味はない。日経新聞は「悪い円安」キャンペーンを張っている。「悪い円安」の発現で、超金融緩和を続ける黒田日銀が窮地に陥っている、と悲観論を煽っているが、間違っている。

▼関連記事
懲罰的円高から恩典的円安の時代へ(前)

 米国経済の圧倒的強さ、ウクライナ戦争で一段と熾烈さを増す米中対決の下で、円安進行は不可逆的であろう。それは企業業績の向上をもたらし、日本の産業競争力を大きく強めていくだろう。年初からの2割の円安は2割の日本株高に結び付く。「円安短命論」も、「悪い円安論」も早晩消え去っていくだろう。

図表1: 主要国通貨の対円レート推移/図表2:ドル円レートと日米長期金利差

(1)通貨高が国力を衰弱させた大英帝国と日本

長期国益の観点から円安が良い

 メディアでは輸入物価の上昇が家計を直撃する「悪い円安」との議論が多い。経営者からも、経済同友会の桜田謙悟代表幹事は「適切な水準だとはとても思えない」「輸出企業だけが日本経済を引っ張っているわけではない」と悪い円安論を展開した。鉄鋼連盟の橋本会長は「輸入価格を価格転嫁しにくい日本で、円安容認政策で良いのか」と述べた。野口悠紀雄氏、唐鎌大輔氏など多くのエコノミストも円安は日本凋落の現れ、放置すべきではないと主張している。確かに、黒田日銀総裁も指摘する通り、急激な変化は混乱を招くのでスムージングの調整は必要だが、円安という趨勢に抵抗すべきではない。

 円安は輸出業者にプラス、輸入業者にはマイナスなど、関係者によって短期では利害得失が相反する。しかし長期的に日本の国益、日本経済の繁栄を考えれば限りなく望ましいことである。円が弱くなれば輸出が増え輸入が減る、また海外移転工場の国内回帰、輸入品の国内生産代替なども起きる。よって日本国内投資と生産が増え所得は増える。かつて超円高の時代はその逆のことが起きた。日本企業は海外に工場を移し、国内需要は安い中国品に蚕食された。しかし今、日本企業の(国内で発生する)コストが30年前の半分に低下した。またコロナパンデミック終息の暁には割安になった日本に外国人観光客が殺到するはずである。このように価格競争力回復強化がすべての経済活動の基本である。それには円安が必須である。

Jカーブ効果で円安メリットは甚大に

 これほど明確な円安のメリットをなぜエコノミストやメディア、とくに日本のビジネスの利益を代弁する日経新聞は伝えないのか、それはエコノミストやジャーナリズムの多くが目先の円安による輸入価格の上昇とそれによるインフレしか見ていないからである。しかし円安の貿易収支(=貿易による国内所得寄与)にはJカーブ効果があることは、ベテランの経済人であればだれでも知っている。つまり円安の当初は輸入単価が上昇して貿易赤字が増え、その時点では円安はマイナスに見えるが、やがて円安は大きな数量変化をもたらす。国内市場では割高な輸入品から割安な国産品へ、海外市場では割安な日本製品が外国製品を駆逐してシェアを高め、日本での生産と雇用、投資の活発化に結び付く。今や日本企業は輸出せず海外生産しているというが、海外工場の利益は円安で大きく膨らみ、技術指導料や配当などのサービスや金融所得増加というかたちで日本の親会社にも利益がたらされる。

図表3: Jカーブ効果

米国の対日批判と金融界の狭益に屈服した「良い円高」論

 為替で最も重要なことは、国際分業において自国に有利な産業・雇用を築くことであり、そのために自国通貨を弱くすることが国益に沿うことは、歴史が証明している。自国通貨安を誘導し自国産業の価格競争力を強め輸出を増やすという「近隣窮乏化政策(beggar thy neighbor policy)」が、自国本位の利己的政策として批判されてきたことが、その証拠である。1980年代から2000年頃までの日米貿易摩擦での米国の対日政策の中心は、日本のフリーランチの原因であった円安否定・円高強要であった。米国ではクリントン政権時のルービン財務長官による「強いドルは国益である」という政策がとられたことはあるが、それは基軸通貨国であり対外債務は直ちに通貨発行益(シニョリッジ)に転換するので赤字を心配しなくてもいいという米国固有の事情によるものであり、日本にはまったく当てはまらない。
この対日通貨高圧力に呼応して日銀総裁であった速水融氏など「円高は国益」と述べた論客がいたが、それは日本の産業競争力を過信し、対外投資を有利に行いたい金融界の利己的主張を代弁したものであった。本当のところは米国のマインドコントロールの影響を受けていたのかもしれない。

大英帝国没落の元凶、金融界の狭益に屈した通貨高

 19世紀のイギリスにおいては、いち早く金本位制を導入し強い通貨を維持し続けたため、あれほど強かった工業競争力がたった数十年でドイツ、アメリカに追い抜かれ、大英帝国の衰弱を招いた。イギリスの通貨政策が巨額の貯蓄余剰を海外投資に振り向けたい金融界の利益に屈服し続けたことの後悔は大きい。レーニンが追随した「帝国主義論」の最初の提唱者である不遇の経済学者J・A・ホブソンは「内需不足による過剰貯蓄が問題だとして消費力の拡充=内需の振興」を主張したが、学会と政治家からは完全に無視された。それが政策化されていれば、通貨高による英国産業の凋落は避けられたであろう。ホブソンの提案の現実化は30年後のケインズの登場まで待たなければならなかった。(拙著「新帝国主義論」2007年東洋経済新報社参照)。

 また1930年の昭和恐慌時、強い通貨を標榜し旧平価で金解禁をした井上準之助氏の緊縮政策が、経済を破局に導いたことも、通貨高政策弊害の好例である。他方、アジア金融危機やリーマン・ショック時の通貨安がサムスン電子やSKハイニックスなどのハイテク企業の競争力を大きく引き上げた韓国は、通貨安政策がもたらした成功例といえる。

 このように見てくると、非難されることなく円安が享受できる環境になったことはまったくもって歓迎すべきことである。

(つづく)

1-(後)

関連記事