2024年12月28日( 土 )

「宝くじの神様」と呼ばれた男(1)

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大さんのシニアリポート第118回

 今年の「年末ジャンボ宝くじ」は前後賞合わせて10億円だそうだ。「夢を求めて」今年も宝くじの売り場で買い求めた人も多いだろう。一等7億円当選を願い、西銀座にある「宝くじチャンスセンター」の一番窓口に延々と並び、縁起を担いで神棚に置いたり、仏壇の裏に隠したりした人もいるにちがいない。ところでこの宝くじ、たった1人のバンカーが考案したということをご存じだろうか。今回はシニア問題を少し脇に置き、「宝くじの神様と呼ばれた男」の話を4回に分けて報告する。

戦費が足りない!

 1985年夏、私は日比谷公園の真ん前に位置する第一勧業銀行(現・みずほ銀行)宝くじ部を訪ねた。宝くじ高額当選者が起こすさまざまな「事件」を取材するためだ。ところが取材の最中、担当者の口から意外な言葉が飛び出た。「宝くじをつくった男の話をご存じですか。」当然知らない。銀行の宝くじ部ではなく、行員の1人が考案したという意味が理解できない。問い返すと、「片岡一久という行員が考案したのです。よろしければその取材のお手伝いをいたしましょうか」という。私はその話に飛びついた。

『取締役宝くじ部長』
『取締役宝くじ部長』

    幸運にも、当時「富くじ」(「宝くじ」と呼ぶ以前の呼称)発行を担当した日本勧業銀行(勧銀)の戦時債券部の部長、課長以下、部員をはじめ、発行を許可した大蔵省の国民貯蓄局長、計画課長、司法省刑事局長、デザイナー、売り捌いた人、買い求めた人…、年齢にすると94歳、92歳、89歳……。肝心の片岡一久が没しただけで、私を待ってでもいたかのように存命だったのだ。銀行員と大蔵省関係、売り捌き人など、「富くじ」という“金”に関わる多くの人がなぜ長命なのか、不思議に思ったものである。こうして延べ150人以上を取材し、足かけ4年かけて完成したのが、『取締役宝くじ部長 異端のバンカー・片岡一久の生涯』(文藝春秋、91年)である。

 「富くじ」発行には、「戦時下」という特殊な経済事情が大きく関わる。41年12月8日に真珠湾を攻撃して太平洋戦争は始まった。短期決戦を予想した日本の思惑とは裏腹に、戦火は拡大しそれに比例して戦費も増大していった。臨時軍事費として予算を組んだのだが、実際には議会での審議・承認という手続きを経ることもなく、軍部は一種の治外法権的状態をつくり上げ、勝手に戦費を増大させた。

 政府は増大する戦費調達のため、あらゆるものに大幅な増税を課した。それでも賄いきれず、戦時債権や国債などの公債への依存度を高めた。こうした各種債権を扱う銀行の1つに日本勧業銀行があった。とくに勧銀の扱う戦時債権による戦費調達が、国の財政にとって次第に大きな比重を占めるようになり、必然的に勧銀の戦時債券部という組織そのものが大蔵省の直轄的な部署へと大きく変貌した。その部署に若き片岡一久がいた。

聖戦を不浄な金で戦えるか!

 政府は矢継ぎ早に各種公債を発行させたものの、売れ行きに翳りが見え始めた。軍部が勝手に軍事費を増大させ、それを公債で賄おうとする悪循環は、結局軍需インフレという厄介なものを登場させた。だぶついた通貨を吸収し、同時に軍事費を調達する。それでいて庶民が競って買い求める魅力を備え、多額の資金調達が可能な何とも都合の良い“商品”の開発が求められた。大蔵省の本音は、元金を償還しなくてはならない「債券」ではなく、当せん金だけを払い戻せばいい商品の開発を求めていた。つまり「富くじ」発行を考えていた。

「富くじ」(片岡一久監修『目で見る宝くじ30年史』、総販企画より)
「富くじ」
(片岡一久監修『目で見る宝くじ30年史』、
総販企画より)

    「富くじ」は江戸時代、各地の寺社が堂塔の新築や修理を表向きの理由として、寺社奉行に願い出て実施されていた。許可を得た寺社が興行主の助けを借りて行ったのが「富突」(とみつき)、正しくは「御免富」(ごめんとみ)である。しかし「富くじ」は「人心を惑わす」「射幸心を煽る」という理由でたびたび禁止に追い込まれた。「富くじ」には常に「負のイメージ」がつきまとった。

 戦争終結のめどは立たない。軍部は戦費を限りなく増大させるものの、肝心の公債の売上は頭打ち状態。政府も銀行も「富くじしかない」と分かっていながら、発行する勇気がない。それはメンツを重んじる国会議員、とくに勅撰議員である貴族員議員や枢密院といった連中が唱える、「富くじなどという不浄な金でこの聖戦を完遂できるか」という呪文に、誰もが反論できないのだ。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第117回・前)
(第118回・2)

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