盲女の旅芸人と村人の情け(前)
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新潟県胎内市に、養護盲老人ホーム「胎内安らぎの家」がある。文字通り、目の不自由な人たち専用の施設である。今から40年ほど昔、私はそこに五十嵐シズ、難波コトミというふたりの盲女を訪ねたことがあった。彼女たちの前職は「瞽女(ごぜ)」といった。瞽女とは、目明き(健常者)の「手引き」に導かれ、村々を門付けして喜捨(きしゃ)を得ながら旅する盲女の旅芸人を指す。高田に住む瞽女を取材し、『わたしは瞽女』『ある瞽女宿の没落』『高田瞽女最後』(いずれも音楽之友社)の「瞽女三部作」を完成させた。今回それを基に、『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)を上梓した。
異形の遊芸人が高田に住んでいた
彼女たちとの出会いは、『朝日グラフ』(昭和45年5月8日号)に掲載された旅姿を見たときにはじまる。それは私が見たこともない異形の遊芸人の姿だった。撮影時は昭和39年の東京オリンピックの前年とある。高度経済成長の繁栄を謳歌していた時代に、本当にあの人たちは存在しているのだろうか。ホンモノを見るために、掲載誌を見た数カ月後、高田駅に降り立った。初めて高田の瞽女を目にしたときの様子を次のように書き記している。
「高田の雁木は天井を支える人の細腕のようだ。木目が浮き出る動脈のように艶めかしい。杉本家は東本町四丁目(旧名本誓寺町)にあった。歴史を感じさせるような木製の引き戸を開けた。闇の中に闇をつくっているかのように途端に視界が狭くなった。二灯の裸電球だけが、わずかにそこに人が生きていることを証明するかのように鈍く光っていた。その灯りを頼りに視界を移すと、玄関の右側に旅に出るときに身につける桐油合羽(とうゆがっぱ)と饅頭笠(まんじゅうがさ)が掛けられてある。家の中はきちんと整理されており、100年以上は経っていると思われる古い箪笥や米櫃が飴色に光っている。茶の間にある箱火鉢には、年代物の鉄瓶がしゅんしゅんと音をたてている。その前に見事な銀杏返しに結われた杉本キクエ(高田瞽女の座元、当主)が静かに座っていた。キクエは突然現れた男を眼差す。」
明らかにこの場所は、現代とはかけ離れた異空間だった。なぜ彼女たちはこのような職業を選択したのか。旅という手段を講じなければならなかったのか。旅のなかで彼女たちは何を〝見た〟のだろうか。
生きるために旅をした
高田瞽女は、1年間のスケジュールがほぼ決められている。旅の範囲は頸城三郡(東・中・西頸城郡)が中心だが、夏場は2カ月という長期間、信州(長野県)を旅した。高田にはかつて17件の瞽女屋敷があり、仲の良い家がいくつかまとまって組をつくる。旅先で木賃宿に泊まることはない。家ごとに馴染みの宿(瞽女宿といい、主に地主)をもち、そこに泊まった。瞽女は3人から5人がひと組になって歩く。道案内する手引きを先頭に、前にいる瞽女の荷物に手をあてがいながら歩く。まるで運動会のムカデ競走のように、一列になって旅をする。荷物も多い。商売道具の三味線をはじめ、着物や薬箱など生活必需品すべてを持ち運ぶのだ。約15kgにもなる荷物を背負い、一日数里の道を歩いたのである。
村に着くと、今夜世話になる瞽女宿に荷物を下ろし、空身になって、三味線一挺と袋(喜捨された米などを入れる)をもって一軒ずつ門付けして歩く。家の門に立つと短い「門付唄」をうたう。家から人が出てきて喜捨(米の場合は茶碗一杯)を差し出す。このとき、互いの達者を確認する。門付けは喜捨を乞うという意味以外に、今夜瞽女宿で行われる宴会の宣伝も兼ねた。
門付けが済むと、瞽女宿に戻りひと休み。夕方になると風呂に入って、夕食をいただく。風呂はその家の当主が入った後の二番風呂が多い。夕食も床の間のある部屋で、それも上座でいただく。旅をするのは瞽女だけではない。富山の薬売りといった商売人や、越後獅子をはじめとする多くの旅芸人も村に来る。しかし、風呂と上座での食事が許されるのは瞽女だけだ。瞽女は全国各地にいた。地方によっては卑賤の徒と蔑まれた瞽女もいた。なぜ高田の瞽女だけが下にも置かない扱いを受けるのか。その理由は不明のままだ。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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