2024年12月28日( 土 )

ひきこもり146万人をどう見るか(前)

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大さんのシニアリポート第124回

 全国の15~64歳でひきこもり状態の人は、推計146万人いるという(3月31日、内閣府調査結果発表)。最大の理由として、「新型コロナウイルスの流行のため」を挙げている。新型コロナを第5類に分類して約2カ月。マスク着用率も大幅に下がり、普段と変わらない生活を送れるようになったように見える現在も、約50人に1人がひきこもり状態というのは異常であり、大きな理由がありそうだ。

「ぐるり」の個人的な奮闘も行政は無関心

サロン幸福亭ぐるり    運営する高齢者の居場所「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)に来る常連客の多くは、単に世間話をするために利用するわけではない。入亭料として1人100円支払わなければならないから、「ぐるり」利用には、それ相当の対価を求めるのは当然である。茶飲み話に花を咲かせるというだけなら、わざわざ100円支払って「ぐるり」を利用することはない。互いの家を訪ねればそれですむ。その求められる対価のために、曜日ごとに小さなイベントを催した。大人気のカラオケ、マッスル体操など(映画鑑賞会と「どんぐりパン販売」はコロナ禍で休止中)。

 当初目論んだ、「来亭すれば誰かに会える」という単純な発想には完全に裏切られた格好である。それでも年間延べ3,000人以上の人(コロナ禍以前)が利用した。地域の居場所(見守り)としての機能はそれなりにはたしたのではないかと思っている。本来なら個人の運営ではなく、自治会や町内会、行政の窓口が担うべきだと思うのだが、残念ながらこの行政区にはそういう発想はない。

江戸川区が居場所づくりを具体化

 ところがこうした居場所を積極的に開設した行政があった。東京都江戸川区である。都営新宿線・瑞江駅近くのマンションの1階に、今年2月、「駄菓子屋居場所よりみち屋」という駄菓子屋をオープンさせた。ここは、ひきこもり状態の人が安心して過ごし、就労体験もできる場所として同区が開設した。親子連れや子どもたちが買いにきて、1日100個以上売れる日もあるという。

 店の奥には居場所スペースとなっていて、ソファやテレビがあり、備え付けのパソコンやゲームなどは自由に使うことができる。大学中退をきっかけにひきこもりになった26歳の男性もここを利用する。彼は駄菓子販売の就労体験に取り組み中だ。1日15分から就労できる。時給は1,072円。

 運営の委託先は、地元で在宅医療に取り組む「しろひげ在宅診療所」。10年以上ひきこもり経験のあるスタッフもいて、利用者のサポートをしている。江戸川区が2021年度に、区内18万世帯を対象にひきこもり調査を実施した結果、15歳以上でひきこもり状態の人が7,919人いることが判明。アルバイト紹介や短時間で働ける場所を望む声が寄せられ、駄菓子屋開設につながった。昨年6月から、オンライン会議システム「Zoom」とリアル会議のハイブリッド型で、「ひきこもりオンライン居場所」をスタートさせている。

中野区長の大英断

サロン幸福亭ぐるり    東京都中野区では2011年春、「地域支えあい推進条例」を設けた。これは高齢者の孤立化、孤独死からの早期発見のため、孤立(ひきこもり)を危惧する人の名前、年齢、性別、住所などを町内会や自治会などに提供し、地域住民が見守るという画期的な条例だ。提案に賛同した団体には、それなりの報奨金と事務所等が約束された。

 画期的だといったのは、個人情報保護法という厄介な法律が壁になったからだ。この法律施行により多くの学校や自治会、団体などで名簿づくりに支障を来すこととなった。名簿がなければ緊急時の連絡ができなくなる。地域住民にサポートを依頼するには名簿は欠かせない。当然高齢者やひきこもりの人を地域で支えることは不可能となった。

 中野区長田中大輔(当時)はこの状態を重く見て、個人情報保護法を逆手にとった大英断を下した。これが「地域支えあい推進条例」だった。『朝日新聞』(2012年5月30日)が「地域の中で高齢者を見守っていただき、行政が支える」と絶賛している。中野区が国の施策に逆らってまで条例化した背景には、増え続ける高齢者を行政だけでピンポイントに支えるのは、人的にも金銭的にも困難、現場に委ねるしかないと判断したからだ。田中区長は、「穏やかなおせっかい」と揶揄した。

 個人情報を開示するということで、当然ながら違反者(情報屋に売り捌くなどの不正使用者)には、30万円以下の罰金が科せられる。私はこれを「中野方式」と読んで、再三関係部署に提案したものの、ナシのつぶてである。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第123回・後)
(第124回・後)

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