2024年12月22日( 日 )

『脊振の自然に魅せられて』「番外編:香の世界を体験して」

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香との出会い

 10年前、脊振の自然を愛する会と早良区役所の自然観察会の共催で、福岡市早良区曲渕公民館で手づくりお香教室を開催した。講師は調香師の森光瞳さんだ。子どもたちを交え50名ほどが参加し、森さんが用意した乳鉢に参加者がそれぞれに炭を材料とする香を入れて練り上げる手づくりの香づくりを体験した。参加者は笑顔で香づくりを楽しんでいた。出来上がった香をそれぞれお土産として持ち帰った。

 筆者は森とはご近所さんで、かつ父君が町医者の時代から患者として世話になっている。そんな縁から時々、彼女から撮影を頼まれ未知の世界を体験している。彼女のHPには、「薬膳は人々の健康維持とQOL(生活の質)の向上に役立ち、香りは「認知症の予防の療育の一環として効果が期待されています。真の薬膳の知識と香りを取り入れた活動をお伝えしたいと思います」とある。

 彼女は医師のご主人の下で医療に携わりながらお香、薬膳の普及にと多くの活動をされ多忙な方だ。栄養士、国際中医薬膳師また沖縄舞踊の大家でもある。彼女の研究室では定期的に、お香教室が行われているようだ。

撮影者として

雅楽の演奏
右手の壺は篳篥を乾かすための火鉢で、
演奏が終わるたびに噴き口を乾かしていた。
演奏会が終わっていたので胡座はせず正座で奏でていた。

 佐賀県鳥栖市基山の富豪者の敷地で香の催事が行われたときに撮影者として参加した。催事には多くの参加者が集った。一連の香の行事が終わった後、竹林のなかで笙と篳篥の演奏があった。演者は東京からきた白装束の若い女性2人であった。胡座の姿勢で背を伸ばし雅楽の演奏が始まった。

 森さんは演奏中、演者の後ろでそっと香を焚いていた。雅楽が奏でられるなか、ときおり竹の葉の囁きが聞こえ大勢の見学者も静かに雅楽の音を聞き入っていた。筆者はまるで竹取物語のなかにタイムスリップしたように感じた。雅楽の演奏が終わり、見学者が去った後、森さんが静寂の雰囲気のなかで踊り出した。雅楽奏者も、これに合わせ即興で雅楽の音を叶えていた。彼女は洋装であるが竹林と雅楽の音に溶け込み、海のなかで踊る人魚のような滑らかな動きで舞っていた。筆者は思わずカメラを向けシャッターを切った。雅楽の演奏は広島県の宮島で一度見学したことがある。それ以来の体験であった。基山で未知の世界を体験した。

香を嗅ぐ参加者
圓慶寺にて(2014年11月)

 2014年には福岡市中央区大手門の黒田家ゆかりの圓慶寺で香の催しが行われ撮影を頼まれ、これにも参加した。静かで広い座敷で開催された。住職をはじめ香を嗜む人たちが参加していた。筆者は光量が足らないと思いつつ、雰囲気を壊さないようにストロボを発光しないで撮影した。

 また、昨年はホテルオークラ福岡でウエルネス香道・薬膳栄養学研究会が行われ、同じく撮影を頼まれた。日中医栄養薬膳研究会の1期生、2期生の合同修了式が行われ、講師として、代表の梁蓓さん(北京出身、北京中医薬大学卒、(一社) 日本中医営養薬膳学研究会代表が東京から参加され薬膳について講演された。続いて、九州大学の「壺イメージ療法」創始者の田嶌誠一氏もストレスとうまく付き合う優しい気持ちの育み方について講演をされた。昼食はホテルに依頼した薬膳料理をいただいた。

 それから半年、森さんと生徒は入念な準備を重ね名香鑑賞会の準備に入った。そして、今年1月21日にホテルオークラ福岡でお香の催し「西日本香りと文化史を学ぶ会」が行われた。名香鑑賞会である。九州各地、沖縄からご夫婦も入れて総勢30名が参加した。香元は森氏。

 講師として東京からホテルオークラに縁のある香道研究科・大倉集古舘学芸員の大倉基佑氏が列席され、香について講演をされた。大倉基佑氏はホテルオークラの創始者に縁のある方で、早稲田大学オープンカレッジの講師もされ、香について造詣の深い方だ。高齢で背中が曲がり、ご不自由であるが、言葉少ない語りに、香の研究者として奥深いものを感じた。

香を嗅ぐ大倉基祐氏。作法に熟練の味を感じる
香を嗅ぐ大倉基祐氏。作法に熟練の味を感じる

 続いて、香りのデザイン研究所主宰・別府大学客員教授の吉武利文氏が香りについて講演をされた。香の器にもる灰のかたちは富士山に見たて、墨の炭団はマグマをイメージしていると。また、雛節句の雛壇の左右に添えられている桃と橘は厄除けだと述べられた。橘は柑橘系の香りの良い樹木で、伊豆半島(北限らしい)で取れた橘の液を試香紙につけ回覧、参加者は橘のほのかな甘い香りを楽しんだ。いま、橘の研究をしていると話された。筆者は、橘の香りは弱々しいが体に優しいと感じた。医学が乏しい時代、自然界の植物を厄除けや薬の一部として使っていたのだろう。

香りについて講演をする吉武利文氏

 午後の部で源氏香が催された。源氏香とは、五種類の香木を5包みずつ25包みに分け、任意に選んだ五包みを順に焚いき香の異同を判別するもの。源氏香は源氏物語の五十四帖にちなんで名付けられている。香木は非常に希少で高価なものばかり。森氏によると、大倉氏から貴重な香木をお借りして、お香会で紹介したという。

「源氏香」 香を雲母の上に置く
「源氏香」 香を雲母の上に置く
源氏香の図 52通りの組み合わせ
源氏香の図 52通りの組み合わせ

 文献では「桐壺」と「夢の浮き橋」の2つは除かれ52パターンとある。平安貴族の間で薫物合わせとして流行ったらしく、香りの文化は茶道や華道などとともに芸道をして洗練され江戸時代に組香として「源氏香」が完成した。と調べてゆくと記述があった。香はアロマとして若い人たちにも人気があるが、人工の香りは匂いがきつく筆者には合わない。精神状態が不安定なときに、森さんからいただいた天然の香を炊くと心身が癒される。

香元の森光瞳氏
この後、香の名を呼び香炉が回される
愛弟子を優しく見守る大倉氏

 香木は高価なものらしく、正倉院にある蘭奢待は名木として有名である。身近な香木として「沈香」「伽羅」「白檀」の3種類があるらしい。ある香木1つでマンション1室が買えますと聞いたこともある。身近な森さんのおかげで未知の体験ができている。

回ってきた香炉の匂いを嗅ぐ参加者
回ってきた香炉の匂いを嗅ぐ参加者

脊振の自然を愛する会
代表 池田友行

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