先端半導体の覇権競争 日本が注視していくべきもう1つのリスク
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国際政治学者 和田 大樹
日本が福島第一原発の処理水放出を始めたことで、中国は日本産海産物の輸入を全面的に停止した。影響はすでに拡がっており、海産物輸出の多くを中国に依存している水産企業は打撃を受け、今後の先行きを不安視している。日本政府は今後追加的な支援策を講じる予定だ。
今回の全面輸入停止は、先端半導体の覇権競争と別物ではなく、その延長線上にあるものだ。昨年10月、バイデン政権は先端半導体が中国によって軍事転用されるリスクを回避するため、同分野で対中輸出規制を開始した。そして、先端半導体の製造装置で先端を走る日本やオランダに対して同規制に加わるよう呼び掛け、日本は7月下旬、幅が14nm以下の先端半導体を製造する際に重要な装備品23品目で(繊細な回路パターンを基板に記録する露光装置、洗浄・検査に用いる装備など)対中輸出規制を開始した。
先端半導体を必要とする中国は、それを阻止しようとする米主導の対中規制に当然のごとく不満を強めている。中国は8月から半導体の材料となる希少金属ガリウムとゲルマニウムの輸出規制を開始した。中国政府は特定国を狙った措置ではないと発表したが、輸出には当局からの許可を事前に得るよう義務付けられており、米国や日本向けについては補足的に追加情報の提出が必要になり、8月以降は1件も許可が下りていないという。先端半導体の対中規制への対抗措置であることは間違いない。先端半導体は、中国にとっていわば“つくれないが絶対に獲得しなければならない”ものであり、一種のアキレス腱のようなものだ。それを規制する枠組みにおいて日本が米国と共同歩調を取っていることに、中国は日本に対する貿易上の不満を募らせている。今回の全面輸入停止の背景の1つには、そういった日本への不満がある。
しかし、今後日本が注視していくべきリスクは、中国がどのような貿易規制を取ってくるかだけではない。もう1つのリスクは米国の保護貿易化だ。無論、日本や米国の安全保障を脅かすような潜在的リスクに対して、日本が対中規制を強化することはまったくの正論であり、先端半導体分野での規制も問題ない。しかし、日本が置かれる地政学的、地経学的状況、また、中国が最大の貿易相手国である事情などを考慮すれば、日本の対中関係と米国のそれはすべてが一致するわけではない。
中国が力を付けるなか、米国は年々中国への警戒感を強めている。政界内では共和党・民主党問わず、また、米市民の間でも中国警戒論は拡がっている。来年の米大統領選挙でも、中国へ厳しい対抗姿勢を示すことが支持拡大につながる状況となっており、誰が大統領になっても中国が戦略的競争相手であることは変わらないだろう。
そうなれば、先端半導体に限らず、今後も経済や貿易面で米国の厳しい対中姿勢が続くことが濃厚だ。そして、米中の力の拮抗が顕著になればなるほど、米国は焦りを強く感じ、安全保障上のリスクの範囲を超え、中国を抑え、封じ込めるような貿易規制を示していく可能性がある。しかし、もうそこは日本が米国と足並みをそろえる領域とは言い難い。純粋な経済貿易の領域が安全保障によって過剰に侵食されてはならない。日本は今後その点を注視していく必要があろう。
<プロフィール>
和田 大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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